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不動産の仕事2026.09.16読了 4分

不動産の仕事が好きな理由① | 人生の転機にお手伝いできること

Written byaya

不動産の仕事といっても、実に多岐にわたる仕事内容があります。

私が不動産の仕事に就いたとき、母はガッカリしたのを今でも覚えています。

「そんなヤクザみたいな仕事して」

一般的には印象はあまり良くないし、ブラックな一面だったり、お金と欲にまみれたドロドロとした一面やトラブルの絶えない業界という点には納得しています。

だからこそ、誠実に真摯に伴走して、クライアントの利益と最適解を提供したい!と日々模索しつつ今日に至ります。

そんな日々の中で、この仕事をして本当に良かった!と思えることをご紹介いたします。不動産業界に興味ある方の参考になれば幸いです。

人生の転機にお手伝いできること

人生の転機もさまざまです。
賃貸で数年おきに引っ越す人もいれば、マイホームを何度となく住み替えする人もいらっしゃいます。
特に長い時間を過ごした思い出が詰まった場所を離れる決断には重みがあります。

例えば、こちらで紹介した元工場ですが、この工場を営んでいたの中野(仮称)さんは、この業界で50年、自社工場としてこの物件を購入してから約35年、仕事一筋で打ち込んできた場所でした。

仕事が順調で成長拡大した時期もあれば、バブルの崩壊で事業縮小せざるを得なかったとき。全盛期は30名ほどいた従業員が、最後は信頼のおける社員2人が、中野さんの勇退と売却を見届けるかたちになりました。

不動産屋は信用できない!?

中野さんにお会いした最初のころは、よくそうおっしゃっていました。
よくあることなので「ごもっとも」と思いつつ、日に日に会話を重ねていくうちに、「この機械いくらしたと思う?この当時はさ、、、」と懐かしそうに思い出話をしながら一つ一つ説明してくださるようになりました。

その姿はどこか寂しげであり、一方でやり切った感じですっきりと迷いもない感じが伝わってきました。

50年間、一貫して続けてこられた仕事に対する姿勢もそうだけど、従業員とその家族の生活の責任も肩に背負ってきただけあって、工場仕舞いという人生の一つのエンディングを迎えるお姿に人間の美しさを感じました。

資産価値を上げる

中野さんの人生と思い出が詰まった工場跡は、一般的には需要が少ない流通性の低い不動産でした。

その上、いくつか改善点もありました。

  • 大きな機会設備やキューピクルの撤去問題

  • 確定測量と越境問題で隣地の方の協力が必要

  • 水道が隣地から分けてもらっている

  • 水道管を新たに引くには200mほど引込みを要すること

不動産は購入時に出口戦略を考えることが重要になります。
交通整理をしてスッキリ綺麗にしておくことで、買主さんも安心いただけるだけでなく資産価値も上がります。

隣地の方々の協力も快諾いただけたのは、長いこと中野さんが築いてきた人間関係が伺えました。

不動産の醍醐味

最初は表情も固く、信用いただくのに少し時間がかかりましたが、最後は
「あぁ、良かった。本当に良かった。ありがとうね。」
と何度も言って下さったのが印象的でした。

「これからどうするんですか?」
「うん、ゆっくり考えるよ」

喜んでいただけた喜び。
この仕事をやってて本当に良かったと思う瞬間であります。

どんな仕事でも同じかもしれません。
それでも、売り手と買い手の調整を行い、物件の問題を解決し、都市計画や各法律の法規をクリアして、下手すれば数千万円という責任を負う不動産の取引は重みも責任も伴います。そういった重責を担いつつ、最後に喜んでくださると、これまでの苦労が一瞬で吹き飛びます。

このケース以外にも、

  • 争族トラブルが解決できた

  • 破産寸前から免れた

  • 失うはずの資産が守れた

などのケースに力になれる喜びもまた一入(ひとしお)です。
これについては、またご紹介したいと思います。

ここまでお読みくださりありがとうございました。